お仕事とそうではないもの。

社会人5年目の仕事で感じたこととそうではないことのメモ代わり。

ただいま。

前の日記を更新したのは40日以上前のこと、らしい。
この1か月半の間で、私の生活は大きく変わった。

まず、とある二次試験は無事に終わった。
多方面から「頑張れ」という言葉をいただき、終わったらすぐに「お疲れさま」というねぎらいの言葉もたくさんもらった。
今回、一番お世話になった前の部長からは「試験どうだったんだよ!?報告がおせーよ!」とほぼ翌日には職場あてにお電話をいただいたばかりか、その日の夜には美味しいイタリアンをご馳走になった。
次は異動だな。よし、あいつとあいつを誘って飲み会をやろう。そこで顔を売ってやる。お前、あいつとはまだ繋がっているよな?よし、飲みに行くぞ。
いつも本当に強引だけども(笑)、何かと気にかけてくれる部長の存在はありがたく、はい、楽しみにしています!なんて言っていた。
……のだけど。

試験が終わりすぐにお会いしたのは、もちろん前の部署でお世話になった係長だった。
「今日は真面目なご相談をしに来ました!」とその週にはランチにお誘いし、異動のご相談にお伺いした。
迷惑かなあといつも思う。図々しい私にだってそれくらいの配慮や気遣いはある。
でも、一番本音のご相談をしたいのは、やっぱりこの人だった。ご経験をお伺いしたいのは、やっぱりこの元上司だった。
いつも奢って下さろうとする係長に、私は全力でお断りする(こんなの他の上司だったら絶対にやらない。ただ、係長は別。奢ってもらうと申し訳なくて誘いづらい。)。
係長たちとは、試験が終わったら飲みに行きましょう、とずっと言っていたものだから、「今度の飲み会で、山ほど奢ってもらいますから!!」と宣言したのだった。
「それは奢りますけど!それとは別!」
「いやいや、本当に山ほど奢っていただきますから!!」
「じゃあ早くメール出してくださいよ!!」
「出しますよ!!今日職場に戻ったらすぐにメールしますから!!」
係長とのテンポの良い会話は本当に楽しい。
話をしていて自分の思いを汲んでくださるところに安心するし、突っ込んで欲しいところにかっちりとハマっていく感じはただただ気持ちが良い。
そして、その日もそんな会話に満足して、職場に帰って早速飲み会のお誘いメールを出した。
……のだけど。

最初にお世話になった上司からも、試験が終わった翌日にメールをいただいた。
その年の係のみんなで飲み会をやろう、と。
今や全く違う部署、あるいは違う会社で働いている先輩たちとお会いできるのは嬉しく、楽しみですね、なんて言っていた。
……のだけど。

それらは、全て叶わぬこととなってしまった。

それからまもなく、私に辞令が出た。
定期異動の時期ではなかった。
年度途中の、例年だったらあり得ないような時期に。


それも、まさかの、本社に戻ってこいという辞令だった。


まさに、青天の霹靂とはこのこと。
私はその内示を自宅で知った。
間が悪いことに、私は本人内示日にお休みをいただいていて、のんきに寝ていたのだ。
明らかに職場と思われる番号からかかってきた電話に起こされ、覚醒しないままに出てみたら、そこで名乗ったのはまさかの直属の課長。
試験が終わってからそんなに時間も経っていなかったから、何か試験でおかしなことでも書いたのか、やらかしてしまったのか。
そんなことを考え、内心ヒヤヒヤしていたのだけど、それらは、大いなる勘違い。
その電話が、まさしく異動の本人内示だった。

「来週から、本社に異動になりました。
部署は〇〇というところです。
社内に人事異動表が発表になるのは、明日の予定です。」

頭が真っ白になった。
来週というと、その日から3日しかなかった。

「もう……時間もないですし……私、今日は出勤した方が良いんじゃないでしょうか……」
「まだ、あなたが異動することを、係の皆さんも知りません。明日の朝、私からお話しする予定です。
だから、今日はゆっくり休んで、明日来てください。」

つまり、有給のはずなのに、突然来られても逆に困る。
そういうことだった。

電話が切れてから、すっかり放心状態になってしまった。
その月の終わりには、大きなイベントが予定されていて、私はその当時、それに向けて準備を進めていた。
去年よりも良いものにしようと、係長や後輩と日々議論し、新しいアイディアを形にしていた。
翌週には、関係者の皆さんとの打合せを予定していた。
その大きなイベントを効果的に実施するために、どんな伏線を張っておくかを話し合う打合せだった。
来週には、来月には、来年には……

頭の中に浮かんでくる、この先のスケジュール。
あれをしなくちゃ、これをしなくちゃと無意識に思い浮かぶ、明日からのこと。
でも、その瞬間、予定されていたその部署でのスケジュールが全て消えて無くなった。
私は、その来週、来月、来年を迎えることができなくなってしまった。

ああ、もう、私には全部、関係なくなってしまったんだ。
あんなに楽しみにしていたのに。準備していたのに。
その日を迎えるときには、私はもう担当者ではないのだ。

あの瞬間の戸惑いは、言葉にできない。

いてもたってもいられず、すぐに係長に電話をかけた。
いくら課長が来なくていいよ、とおっしゃっていても、実務的にはそうもいかない。
引き継ぎもある。そもそも異動するなんて思っていなかった。これからの3日間で準備し、引き継いで異動しなければならない。
そのためには、一日も早く係長と今後のことを話し合う必要がある。

「課長から話は聞きました。私、今日、午後から出勤しようと思うんですが、」

電話をしたら、係長は怒りの混じった声でこうおっしゃった。

「あなたのことだから、課長にも出勤すると言うと思いましたし、私にも電話をかけてくると思いましたが……課長からも言われたと思いますが、社内への発表は明日なんです。今日は何もできないんです。来なくていい。来なくていいから」

何も怒らなくても……
そのときはそう思った。
けれど、おそらく、係長も相当動揺していたのだろうということを、その次の日にお会いして、なんとなく、感じたのだった。

翌日から異動するまでの3日間、係長とは色々な話をした。

出勤してすぐに、残りの日々をどうするのか、誰に何を引き継ぐのかを話し合った。

私の異動がいつ決まったのか、いつ課長と係長は知ったのか。心の整理が付かなくて聞いてみた。
前月にもやはり例年ではあり得ない時期に、若手が何人か異動していた。
人事系の仕事をしていた私は、当然その異動表を見ていたし、それを見て今、本社がいかにバタついているのかを薄々感じていた。
実はそのときにも、私の組織から若手を異動させる話が出ていたらしく、私と後輩が候補に上がっていたらしい。
結局、そのときは対象にならなくて、課長と係長は良かったと胸を撫で下ろしていたそうだ。
そうしたら、今回、何の予兆もなく、突然異動が決まったということだった。

やはり今、本社はものすごくバタバタしているらしい。
人事は本社内の各部署から異動させられる若手を募ったが、人が出せないという話だったそうだ。
そこで、ついに出向先のブランチという本社からは随分遠い私の組織に白羽の矢が立った。
特に人員を多く付けていた私の係に目が止まり、後輩の2人が候補になり、最終的に私が選ばれた、そういうことだったようだ。

係長は、私の異動をひどく寂しがってくれた。

「こんなにガッツリと一緒に仕事をした部下は久しぶりでしたから……ショックでしたね」
と、翌朝一番にはおっしゃってくれただけでなく、その後、係内にオープンになり、同僚たちが何気なく「寂しいね」と声をかけてくれるごとに、「寂しいですね」と呟いていた。
いよいよ、異動表が全社的に発表になった瞬間には、「これが夢なら良かったのに、本当になってしまいましたね……」と、当の本人よりも寂しがってくれたかもしれない。

私は、ずっと本社に戻りたかった。

出向先の、しかもブランチという、本社から遠い世界は、間違いなく我が社の最後の天国だ。
ほとんどがルーティンの仕事で、周りがみんな同じ仕事を分担しているから、必ず誰かに聞けば答えが出る。そうでなくとも、リーダーシップの強い係長だった。自分で判断することはほとんど必要なかった。
そこで新しい事業の立ち上げを経験させてもらえたことは、感謝しかない。
どうしたらもっと良くなるかを考えることを求められる。そのために現場をたくさん見に行けて、色んな人に話を聞きに行ける。
報連相をしっかりと求められる。進捗管理してもらえる。
こんなに気が楽で楽しい仕事は、おそらく二度とないだろう。

でも、私は本社に戻りたかった。
本社で同期が新しい仕事に携わり、経験を積んでいる中で、私は本社で働いた3年間の貯金で仕事をしていると、ずっとそう思っていた。
もちろん、ブランチに来たからこそ知れたこと、学んだことはたくさんある。
本社にずっといたらきっと勘違いしていたこともあったと思う。エリート意識ばかり肥大していたかもしれない。
それでも、この1年半、同期たちから置いてきぼりを食らっているような、そんな気がしていた。

人事はそんな私のことを、ブランチに出しておきながらも見ているというのは薄々感じていた。
私のポストに対して、人事から依頼される仕事がちょこちょこあったこと、そして昨年度の人事評価が最高位だったこと。
出向先の、しかもブランチの勤務で最高位なんてまずあり得ない。
それは私の仕事の進め方が特別に優秀だったわけではなく、単純に評価を作文しやすい仕事内容だっただけなのだ。
新しい事業を滞りなく進めたから、なんて、評価理由の作文にはもってこいだろう。
私という人物に対する評価が良かったわけではない。このポストが最初から評価点の高いポストだったという、ただそれだけだ。誰がここに立っても、恐らく同じ評価になったことだろう。
お前をそういうポストに付けたんだぞ、お前は今そういう立場にいるんだぞ、そういうレールに乗せているんだぞ、という視線はなんとなく感じていた。
私という人間の本質は変わらないのに、それは3年目までのときと全く異なるものだった。

この部署に異動する前。それこそ、初めて異動の内示を受けたあと。
当時、お世話になった課長が不貞腐れていた私を呼び出し、話してくれたことがあった。

「最初の勤務が本社だから次は人事ローテーションで出先に出す、そういうことは確かにある。
でも、あなたは、その出先でやるべきことがあって異動するんだから。特命みたいなものなんだから。
次は一緒に残ってくれる係長はいないかもしれない。大変なこともあるかもしれない。
でも、見ている人は見ててくれているから。
だから、頑張って。」
「そしたら……その仕事が落ち着いたら、私はまた戻ってこられますか。
1年できちんと作り上げられたら、もう大丈夫だ、そう思ってもらえたら、また本社に戻れますか。」

当時の青臭かった私は、確かそんなことを聞いた気がする。
その問いに、課長が何て答えてくださったのかは、もう覚えていない。
そもそも、私はこれが本当の話だとは思わなかった。課長の優しい嘘、いや、優しい建前だとばかり思っていた。
いや、課長としては、建前のつもりだったのかもしれない(笑)
そうしたら、まさかほんとに、新規事業の立ち上げが落ち着いて、昨年度の実績を部長と課長に報告したその次の週に本社に戻れと言われるとは。夢にも思っていなかった。

なんとも、おめでたい考え方をすれば。

初めての部署。3年目の頃。私の人事評価はそれなりに良かったと聞いている。
それを知った人事は、3年目のあるとき、果たしてその評価に間違いがないのかを直接確かめるために、私を含めた同期数人をとあるイベントに呼び出した。
そこで、人事からどんな評価があったのかは知らないが、少なくとも新規事業を任せられるという判断はしてもらえたのだろう。
当時の部長、課長の話によると、「彼女の次は過酷ですよ」と言われて、異動が決まった。部長は激務部署に異動だと思っていたらしい。しかし実際には、出向先の、さらにブランチで、その年から始まる事業を立ち上げる、そういう担当だった。
通常、本人内示で知らされるのは係名までだが、私の初めての異動内示は、その時点で仕事内容まで決まっていた。新規事業を担当してもらう、まで直属の課長から言われたものだ。
その後、新規事業の1年目は無事に終了し、2年目は随分仕事も落ち着いた。ほぼ定時帰りとなりつつも、1年目の分析をしながら、さらに良いものにしようと進めてきていた。
そこへ、本社へ戻る話が来た。
これまで、傍流部署で、新しいこと、突発的なこと、時限的な事業ばかり任されてきた私。
初めての本流部署への異動、歴史ある正統派な仕事の担当になった。
間違いなく、誰の目から見ても、紛れもない栄転だった。
ここまでの間、私が何をしたわけでもない。初めの部署の頃から変わらずポンコツだ。人間としての本質は変わらない。
ただ、新規事業を任せてもらえる、というのが何かのレールだったのだ、と思う。作文しやすい、というか、この人は優秀なのだというロジックが立てやすい、というか。
現実は必ずしも作文通りではないけれど、多分、人事における「私(というかこのポストにいる私)」という存在が作文しやすい人間になっていたのだろう。
組織のいうのは不思議だと思う。自分は何も変わらないのに。

ただ、これは相当おめでたい考え方をした場合である。
実際には、そんな優秀な社畜ではないことは、自分が一番よく分かっている。

確かに今の部署は紛れもなく本流。
私だってずっとエリートがいく組織だと思っていた。普通ならまず私を異動はさせない。
私自身、自分のことはそれなりに分かっているつもりだが、私は組織でトップを走るような人間ではない。そんな器はない。
同期で1〜5位には間違いなく入らない。10位までに入っているかも怪しい。
円滑なコミュニケーション能力、頭の回転の早さ、機転、といった指標で見れば20位くらいだろうか。そこにパワフルさと仕事への責任感の強さが強いという評価が少々高い、といったところだろう。
だからこそ、時限的な面倒くさい仕事には付けるけど、正統派な本流にはなかなか行かなかった。傍流の都合の良いお祭りオンナ、というのが私の自己評価である。
ただ、そんな私ですら異動させられるということは、それだけ人が足りないということなのだ。
本来、そのポストに付けるべき人が他の部署に取られてしまっているから、繰り上げで呼ばれたにすぎない。
そこを勘違いすると痛い目に合うと思う。

脈絡もなく長くなってしまった。

以上がこの40日余りの間に起きた出来事である。

異動にあたっては、引っ張られたんだね、と半ば嫉妬のような声も聞かれたが、正直、そんなものではないことは、自分が一番分かっている。
こんな中途半端な時期にただ単に人が出せたのが、私のいた組織だけだったという話だ。
さらに言えば、その中でも私がいた係に人が多かっただけで、後輩と私のどちらが異動に適した時期だったかという、ただそれだけの話にすぎない。
仮に評価されたのだとしたら、それは私自身ではなく、私のポストだ。
私は大した人間ではない。コミュニケーション能力は低いし、愛嬌があるわけでもない。ゆえに、結構ハレーションも起こす。

でも、異動してきてしまったものは、もう仕方がない。
向いていないと思っても、周りから嫉妬されても、しばらくは組織全体に迷惑をかけたとしても……なんとかモノにしていかないといけない。
なぜ、私が悩まないといけないのだろう、と思うときがある。
こんな時期に異動させられて、これまで一度も経験したことのない分野の仕事で、それも結構な繁忙期の中で……仕事の意味すら分からないまま、いきなり出来るわけがない。なぜできないことにこんなに悩まなければいけないのか。でも、相手方はそんなこと知ったことではないだろう。結局、私が努力しなければ、周りに迷惑をかけてしまう。正直、つらい。多分、人事が思っている以上に、年度途中に一人異動するのはつらい。自分の中の連続性が突然途絶える。私の本質は変わらないけど、組織人としての「私」は変化させなければならない。
確かに前の私の仕事は楽だし、本社の人たちからしたら大したこともないと思うだろう。
でも、そんな仕事でもこの先の予定はあったし、目標もあったから、それが一瞬にして全て無かったことにされてしまうのは堪える。成果すら報告の機会は与えられず、ちょうど年度途中の自己評価の時期とかぶっただけに、真っ白な成果シートには新しい目標と今日までの1週間の成果を記入せよ、と機械的に求められる。そんなの、書けるわけがない。
じゃあ今日からはこれを頑張れ、これを習得せよ、ちなみにあなた以外の周りの人たちは少なくとも半年はその仕事をしているから、分からないのはあなただけだよ。
そんなことを言われても、とても受け止めきれない。

そうは言っても、でも頑張らなければならないのは分かっているんだけども。