お仕事とそうではないもの。

社会人5年目の仕事で感じたこととそうではないことのメモ代わり。

頑張ったよ、と褒められなくても言わせて欲しい。

今年度の勤務評価が知らされた。
初めて最上位の評価をいただくことができた。
上司から伝えられたときに思わず涙が出そうになった。。笑

これまでと比較して、今年度の仕事が特別困難だったかといえば、決してそうではないと思う。
昨年度の方が難しいところ、新しく始めるところ、調整が面倒臭いところ、そういう点は多かったかもしれない。
ではなぜ今年度の評価が良かったのかといえば、それは単純に他人から見たときに、そういう理屈を立てやすい仕事だったからだと思う。最上位にする理由を作文しやすい、そんな仕事。今年度私が特別に何かしたというわけではないのである。
そういう仕事をまかせてもらえたというのは運が良かったのかもしれないし、それこそご縁があったのかもしれない。

「今、先に越されたって思ってるでしょ」
先日、前の課長にご挨拶にお伺いしたところ、別れ際に一言、そう言われた。
「同期に先を越されたって、そう思ってるでしょ」
まったくもって、課長のおっしゃるとおりだった。
いろんな同期に、先を越された、というより、置いてきぼりを食らったような、そんな焦りがあった。

今月に入ってあった本社とのやり取りのなかで、自分の置かれた境遇を考えてしまった。下請けの自分。ただただ、本社にとって都合が良いだけの自分。そういう風に考え出した瞬間にドツボにはまった。まったく先が見えなくなった。
同期はどんどん、いわゆる本流に異動していくなかでの残留に焦りを感じていた。
そんななかでの、最上位という評価。
他人からの評価で一喜一憂するなんて、本当に馬鹿げたことだと思う。
それでも嬉しかった。少しだけ、救われた気がした。

今年度、それなりには、頑張ったことと思う。
あからさまに、誰かに言うことではない。
これは匿名のブログだから書くけれど、現実社会で他人にドヤ顔するのはみっともない。
でも、私……頑張った、と思う……
異動は叶わなかったけど、それを認めてもらえたようで、嬉しかった。。

もう大人だし、頑張ったことに対して、誰も褒めてはくれない。
悔しいと思っても誰かと共有することもできない。無条件に思いを受け止めてくれるお母さんは、いないのだ。
だから、特に仕事に関して言えば、いつだって我が身ひとつで勝負していかなければならない。
それゆえに、行き場のない思いが胸のあたりにつかえ、ぐるぐると渦巻いていた。悔しさ、寂しさ、憤り、やり切れなさ……
そうは言っても、きっと誰かに認めて欲しいという気持ちはあるんだろうな、と思った。
でも、それでもやっぱり組織からの評価に一喜一憂するというのは、物凄く不健全なことのように思える。それこそ社畜だよね。
いつか、組織という存在ではなくて、他の誰かとそういう気持ちが共有できるようになれたら良いんだろうね。とふと思った。