お仕事とそうではないもの。

社会人5年目の仕事で感じたこととそうではないことのメモ代わり。

係長と私、本社と現場

先日、久しぶりに前の係長とお昼をご一緒した。
その前の日の帰り道で偶然お会いして、「明日……本社に出張なので、もしお時間があれば……ランチでも……」と全く働かない頭で、息も絶え絶えにお誘いしたのだ。
正直、そのときの私は残業続きで疲れていた。
ちなみに、係長も疲れていた。連日タクシー帰りもしくは終電だという話だった。
そんなストレスフルな状況のなかご一緒してくれて、ほんとにありがたかった。お会いできて嬉しかったし、本当に本当に元気をもらった。

前の係長は相変わらずお忙しそうで、ンフフフと笑いながらしれっと愚痴を挟んでくる、毒を吐いてくるところは変わらないなと思った。
お話しするのが久しぶりなのもあったし、連日の疲れが溜まっていたのもあって、係長のボケと突っ込みに上手く返すことができなかったのは本当に残念だった。笑
最近、そういう会話を上司としていないからねえ。「係長のおっしゃるとおりです」が今年度の私の口癖ですよ。笑

係長にお会いするの、3か月ぶりくらいだったと思うのだけど(意外に良く会っている。というか私が一方的に大好きなのでよくお会いしに行く。笑)、話していて一番に思ったことは、自分の価値観や仕事のスタイルが、この一年で大きく変わった、ということだった。
本社にいた頃は建前は建前で、でも実際そんなことやってられないよね、という仕事の仕方が数多くあった。書類にはとても書き残せたもんじゃないけど、実情としてこういう運用をしていますよ、っていうことの多さ。
それができないと、とても本社の仕事は務まらなかった。馬鹿正直に真正面から体当たりしていると、終わらないし進まないのだ。私は割と真正面から体当たりすることが多い方ではあるけれど、そんな私ですら、そうは言ってられないときが多々あった。
ある意味、これも調整能力のひとつなのかもしれない。どこまで見て見ぬふりをできるか。
ブランチに異動してびっくりしたのは、みんなきちんとルールを守って、ルールどおりに仕事をすること。当たり前のことだと思うかもしれない。でもそれは、時間があるからこそできることなのだ。素直に、まっすぐ仕事ができるということは、本当に恵まれたことだと思う。
私もありがたいことに、この一年でそれが当たり前になったんだなということを、今も本社の中枢で働く前の係長と話していて感じた。
そのあたりのニュアンスが微妙に食い合わないというか、私の方が「あ、本社ってそういうものだよな」と距離を感じたり一歩引いてしまう部分があってびっくりした。今まではそんなこと無かったのに。

本社の中枢に行ってもなお前の係長は優しい。
あの部署であの優しさは合っていないんじゃないか?時には各カンパニーに対して強く言うことも必要なんじゃないか?なかには、そんなことを言っている人がいるのも知っている。
そのたびに、いやいや違うんですよ、と個人的には思っている。
私は、係長は優しいけれど、こと調整ごとになると全く引かない人だということも知っている。一見すると確かに優しいんだけれど、それは別に腰が引けているというわけではないのだ。持ち前のコミュニケーション能力で笑いを取りつつも、最後はこちらの意図することはほとんど達成してしまうのがあの係長である。
私はそれこそがあの係長の凄さだも思っている。怒る、必要以上に語気を強めるなどという感情的な手段によらずに調整できる。怒ることや苛立ちをあからさまに見せることなど、誰にでもできる。でもそれはあまりに幼稚だと思うし、それをしたところで、お互いに楽しくはない。むしろ相手からしたら不快に感じる、もしくは同じように怒りを生む原因になるだけだろう。
笑いを取りながら、話をしながら、意図を伝える。もしくは、妥協点を探り、うまい具合にこちらの要求を叶える。部下として一年間拝見させていただいたが、あれはなかなかできるもんじゃない。どんなに優しいと言われている他の係長だって、面倒な調整ごとの前では大体どこかで語気を荒げてしまう(個人的に、あの技術だけは絶対自分もモノにしたいと思う。)。
そんな係長が中枢部門に行って、前例の無い制度設計に携わっているということに、私は大いなる意義を感じている。

係長の異動された部署、実は全社的に評判があまりよろしくない。
私も今年度、その部署のカウンターパートとして関わるようになった。当然、私の部署での評判は良くない。
一緒に仕事を進めていくなかで、その意味がようやく分かった。
基本的に、ものすごく上から目線なのだ。それもおそらく無意識に。
彼らは、自分たちは企画部門として、全社を支えているということに誇りを持っているのかもしれない。
でも、その企画を実現に向けて作業するのは現場の人たち。
細かい内部調整、事務手続き、企画を実現するための面倒な書類作成……それをやるのは現場。
彼らは、面倒ばかりを下に押し付けて、企画というおいしいところだけは全て自分たちがさらっていく。成果をものにして、後は知らないよ、とでも言いたげに、さっさと出世してしまう。現場には面倒な仕事だけが、ただひたすら残り続ける。現場は何も言えない。本社の中枢部門には、権力があるからだ。
ああなるほど、と思った。本当にえげつない。部署の存在意義からして、そういう役回りにならざるを得ない部分があるのかもしれないけれど、ひたすらえげつないのだ。これはいけない、と思った。
そしてもうひとつ。私は自分の過去の行いを反省した。
自分も本社にいたとき、無意識にこういう傲慢な仕事をしていたのかもしれない。

本社の人たちは忙しい。それは分かる。夜中の1時2時まで残らざるを得ない日もある。泣きながら仕事をする日もだってある。タクシー帰りが続いて辛いときもある。
でも、「私たちは企画で忙しいんです。疲れているんです。帰れないんです」と現場に対して言い訳するのはご法度だということを理解した(本社にいた頃の私はめちゃくちゃその空気感を現場に出していたと思う。これが一番反省している。)。「だからあなたたち、もっとやってください」これは絶対、ストレートな物言いで言ってはいけない。
確かにそうかもしれないけど、悲しいかな、そんな「自分なりに一生懸命」という言い訳で、他人(現場の人)は動いてくれないし同情もしてくれないのだ。
どんなに現場が定時で帰れる部署で、本社から見たら余裕があるように見えたとしても。現場には現場の道理がある。定時に帰らなければいけない理由もある。
本社にいるというのはそういうことだ。甘えを現場に見せてはいけない。
……少し話が飛んでしまった。
そんな悪評高き部署でも、優しい係長みたいな人がいたら、少しは変わっていくんじゃ無いかなと思う。
事実、「今年の係長は優しい!」と各カンパニーから声が上がっているようだから。

係長と話をしていて、ふと、遠くなったな、と思った。
一年も経ったのだから当然だけど、隣の上司、隣の部下、と笑っていた頃からは、随分遠くなってしまったなと少し寂しかった。
そして、優しい係長でも一年も中枢部門にいると周りに染まるのかなぁとも思った。各カンパニー(つまり現場)に負担を強いる仕事ぶりをしているという話を聞いて、そう思った。もちろん、前のように特定の業務は、その担当の係長としてひとりで担当している、という仕事の仕方ではないはずだ。これだけ大きな制度設計となると、当然複数の係長で当たっているだろうから、そうならざるを得ない部分はあるだろう。
前のように、「全カンパニーまで足を運んで、直接話して調整しましょう」なんて言葉、今でもおっしゃってくださるだろうか。少しだけ寂しかった。
でも、だからこそより、私はそういう仕事のできる人になろうと思った。
私はきっと、他人から優しいとは言ってもらえないと思うけど笑、でも、笑いながら腰が低く、でもきちんと調整ができる存在になりたい。
そう思わせてくれた。仕事がつまらなくて仕方がなかった3年目の私に、「こうなりたい」と未来を見せてくれた前の係長に、私はやっぱり感謝している。もうそろそろ、話は合わなくなってしまうかもしれないけどね(寂しい!!)。またいつか係長と仕事がしたい。3年目は相当迷惑をかけただろうから、きちんと成長してお返ししたい。その気持ちは変わらない。
また、本社と現場という観点では。せっかく、現場に近いところに来られたのだ。
この職場で学んだこと、感じたことを、いつかもし本社に戻れることがあったらちゃんと持ち帰りたい。