お仕事とそうではないもの。

社会人5年目の仕事で感じたこととそうではないことのメモ代わり。

試験終了。

この連休中にずっと勉強してきた試験が終わった。

一応自己採点では8割5分弱くらい。
例年の合格点が7割程度だから、おそらくは大丈夫……だと思うけど自信は無い。正直すごく不安。。
なにより、目標は9割だったので悔しさが一番にある。時間をかけて、結構ガッツリ勉強したからね。
でも私だったらどんなに必死にやってもこんなもんな気がする。できなかった問題もほとんど納得。勉強していても一度も出くわさなかったものばかり。
むしろ勉強した分野はきっちり取れているのだから、詰めが甘いというか……我ながら、素直な点数の取り方だな、と思った。
ミラクルは起こらない。組織で一位の点数を取るような器用さも持ち合わせていない。
だからここは、勉強しなかった分野、半ば捨てていた分野で案の定点数が伸びなかったことを「悔しい」と捉えられることが大事なような気がする。
次はもっと頑張るぞ、という前向きな気持ち。それが大事。

とりあえず、明日は出勤して皆さんにお礼をしつつ、飲み会のお誘いをすることにする。笑
試験前には、色んな方から、「頑張れ」とご連絡をいただき本当に嬉しかった。
直接様々なご配慮をいただいた今の係長、先輩たちをはじめ、お休みをいただいた試験前日に、わざわざ私用携帯あてにメールをくださった方……以前お世話になった部長さん、そして前の係長。こんな私に、公私の「公」の部分100%の関係性でありながらも、激励のお言葉を下さるそのお気持ちが嬉しかった。

この試験は、内容それ自体にもそれなりに意味があるとは思う。
組織が今一番伝えたいことを伝達する手段として、試験問題というのは非常に的確だ。紙ぺら一枚のお知らせならば見ないかもしれないが、試験に出題されるとなるとそうはいかない。否が応でも勉強するし、頭に入れる。それが無意識に規範化していくんだろう。ゆえに物凄く組織の意図を感じる問題だったとも思うし、組織のルールを一律に、体系的に覚えるという点では、試験は効率的だと思う。
でも、この試験の最大の意義は、実はそこではないと思う。つまり、試験自体と勉強を通して周囲とコミュニケーションを図れることだと思うのだ。
「試験」という共通の困難を乗り越えたという記憶の蓄積によって、同世代は凝集力が強まるし、更に言えば世代を超えたコミュニケーションを可能にする。あるいは、話題の共有化が図れる。
この試験は前者の目的よりも、後者の手段的な側面が多分に強い気がする。
単純に試験に合格することよりも、この試験というツールを用いて、いかに同世代、そして上司、後には後輩や部下とコミュニケーションが取れるか、ということが、実は組織での立ち位置に影響してくるのではないかと。そこがやっぱり学生時代までのテスト、あるいは入試とは全く違う。
ただ点数が取れれば良いわけではないし、ただ受かれば良いわけではないのだ。ある意味これは、師弟関係の構築の一端であったり、仲間意識の醸成のきっかけであったりするものだと思われる。
(上司に添削してもらう制度なんて、間違いなくそうだ。)

話が逸れたけど。だから、コミュニケーションこそ大事な要素だと思うから。
「頑張れ」と言ってもらえる環境であること。「ありがとうございます」とお返しできること。
そのありがたさに、大いに感謝をしたいと思う。まずは明日、皆さんにお礼を言うことから始めたい。
そして明日からまた、コツコツと真面目に社会人として頑張りたいと思う。

あ、でもしばらく勉強しなくて良いのは素直に嬉しいな。
この数か月間、なんだかんだいっても結構真面目にお勉強中心だったからね。笑