お仕事とそうではないもの。

社会人5年目の仕事で感じたこととそうではないことのメモ代わり。

正しくても動かないこともある

正攻法の調整をするために、事前にコミュニケーションを取り、色んな人の言質を取りつけた。

つまり、先日部の経理担当に「買ってはダメ」と言われたモノ。
その後、超正攻法の調整を行って、通称「お上」から購入の許可もいただき。
「お上がそう言うんじゃしょうがないね。買っても良いよ」になんとかしてもらったのだ!

……その矢先の出来事だった。

「あ、ウチにそれあるっすよー!使って無いんであげますよ!」

購入に向けてバタバタとしていた最中、実は後輩君の家に不要なそのモノが眠っているという話になった。
寄付を申し出る優しい後輩君の一言に、私は何も文句は無いのだ。むしろありがたい。
ただ、

「あ、じゃあそれもらおうか。そしたらお金使わないからその方が絶対に良いし、良かったね!じゃ、(私)さん、経理にはそう言っといて」

二秒で決断を下した上司様、テメーはもう少し考えろ。
図らずも、そう思ってしまったことは否めない。

この数か月で徐々に分かってきた上司様の思いはこうだ。
「法律的に間違っていなければ、あるいは道徳的に正しければ、俺の正義は保たれる」
だからこそ、上司はいつも正しい。こちらが苦しくなるほどに、正しい。
だけど正直、今回に関してはあまり納得がいかなかった……

後輩君の申し出はありがたいけど、ひとつだけ不安があった。
それは、ここまで正攻法で話を付けてきて、もう調整も全部済んだのに、そこで非正攻法の対応で終わってしまうと……これは別の調整が生じるのかなぁ、でありまして。
担当のワタクシ、それが正直な気持ちでした。
そう、上司はそこが非正攻法の対応になっても、法律的に正義が保たれているから問題無い、と思っていると思うけど(上司は自分の正義に確固たる自信を持っている)。
世の中は、自分としては「当然」と思ったことでも想定通りにはいかないことは、ままある。そんなの山ほどある。
総務担当には総務担当の理屈があるし、経理担当には経理担当の論理がある。
それを全て調整したあとで、我々事業担当が勝手に、「あ、やっぱりこのあいだのアレ、やーめた!」となったときに、事業担当の理屈だけで事が上手く運べばいいのだけど、その何でもないことが、意外と見方を変えると重大だったりすることは結構ある。
それを事業担当が「総務担当は仕事のための仕事を増やしてばかりだ」と一蹴してやるのは簡単なこと。
そうやって、自席で愚痴を言うのも労力はいらない。
でも、総務さんや経理さんだって好きで仕事のための仕事を増やしてるわけではない。
彼らが理屈を立ててくれるから、事業担当が無理なく事務を進められている部分、多分にあるわけですよ。

「仕事のための仕事はしたくない」
今の部署でよく言われる言葉ですが、総務さんや経理さんと、お互いに気持ちよく仕事をするためには、やっぱりそうもいかないときってある。

でも、私の上司様に、その微妙な「持ちつ持たれつ」はあまり伝わらない。
私の上司は、俺が大正義の世界で生きている人である。
自分のやることは全て法律的または道徳的見地から正しい。
だからこそ、人に対して厳しいのだ。
だって、人間は弱い生き物だから間違うことだってあるけと、この人はそれが理解できないから。

それゆえに、その正義を否定するとまず不機嫌になる。
「なんでダメなの?意味が分からない」
絶対に愚痴、または舌打ちが出てくる。

とはいえ彼は良いのだ。愚痴を言えば済むから。
状況の変化によって、また再調整をかけるのは担当である私。
正直、今回は全部調整し終えて、あとは淡々と購入手続きを進めるだけだった。
だから、そこで予想の付かない要因を持ち込むのは勘弁してくれ……と思ってしまった。
そっちの方が道徳的に、一時的には「正義」なことは分かってる。
これは本当につまらない意地だけど、ここまで色々やってきても、その一言で「今までのアナタの調整はいりませんでした!無駄でした!」と言われているような気がして、なんとなく救われなかった……
もちろん、担当としては、私が頑張った云々は関係なく、目的が達成されれば、それで良い。けれども。
正直、ちょっとだけ思ってしまった。
報われないなって。

確かに些細なことだけど「ダメ」を「良い」にするために、頑張ったのに。
「ダメ」と言われた後、「次はどうしたら良いか」「買わない代わりの手段は何があるか」を考えようと話を出したのにな。
でも上司は結局愚痴しか言わなくて、「こうしたらどうでしょう?」は全て「それはウチが面倒」とか、建設的な意見はひとつもくれなかった。
結局、私が色々と再調整をして、ようやく成果も出した……んだけどなぁ。。
そんな思いが沸々と湧き上がったのは、ここだけの話。

ただ、喜ぶべきことは、私は私の正義で仕事が出来たこと。
例えば、杓子定規に対応しないこと。
子どもの喧嘩を吹っかけずに、自分のやり方で落とし所を探ること。
最終目標を見失わずに、正攻法で調整をすること。
そういうことを、一人でできたことは、恐らく喜んでも良いことだと思う。

結果的に、今回は成果に結びつかなかったけど……この経験はきっと自分の糧になることだろう。

不安なのは、これからの総務さんや経理さんとの再調整。
今回はなんとかなると思うけど……
理屈的におかしいところが無いし。。