お仕事とそうではないもの。

社会人5年目の仕事で感じたこととそうではないことのメモ代わり。

合格の嬉しさはお礼を伝えられることだと思う

11月に入り、試験の合格発表があった。

今年の2次試験もなんとか合格。今回は冗談ではなく本当に落ちることを覚悟していたから、合格の知らせを聞いたときは思わず歓声を上げてしまった。ほんとに恥ずかしい……笑

 

試験に受かって嬉しかったことがふたつある。

 

ひとつめは、様々な方からお祝いの言葉をいただけたこと。

これまでにお世話になった方からたくさんお祝いのご連絡をいただいた。

せっかくだから、感謝の気持ちを忘れないように書き残しておきたい。

初めての部署でお世話になった部長2人、係長4人、先輩3人。

つい先日まで在籍していた部署でお世話になった部長、課長、係長3人、先輩、後輩。

同期、そして今お世話になっている方々。

 

「おめでとう」「また飲みに行こう」「お祝いしなくちゃね」という言葉をいただけることは、もちろん嬉しい。

でもそれ以上に嬉しいことは、感謝の気持ちを伝えられることだと思う。

自分にとってそれがどれだけ大切なことで、あなたがいてくれて本当に良かったと、その気持ちを伝えられることがありがたいと思った。

自分の努力が報われたのはもちろん嬉しいことだし、安堵もしたけれど、社会人の試験は自分が頑張ってどうこうなるものだけではない。社会にいる「わたし」は、学生時代のように「他人は他人、私は私」と一人割り切って生きているわけではない。周りの皆さんとのつながりがあって、組織の「わたし」がいる。私一人ではどうにもならない。

だから、組織の「わたし」を作ってくださっている周りの方にお礼をお伝えできる機会ができること、そうやってまたご縁を確認できること、それがどんなにありがたいことか。

試験に受かって良かったと一番に思ったのは、この点だった。

 

特に、これまでの5年間でお世話になった係長がみんなご連絡をくれたのは、本当に嬉しかった。

 

1年目の係長は、試験が終わってすぐお疲れ様会を企画してくれた。

しかしなんとも間が悪く人事異動があり、しかも異動先が割と忙しい部署だったから、その会に参加することができなかった。係長は、「リベンジしよう」とメールくださった。

私にとっては、初めての係長。とにかく怖かったなぁ。今でも当時言われたお叱りの言葉は忘れられない。笑

だけど、そんな係長が異動されるときは寂しかった。不安もあって、泣いてしまった。

「泣いてくれるのは嬉しいけれど、お前はそういうところが学生気分が抜けてないんだよ!」と言われたこと、今でも覚えている。でも、目は優しかった。根はあたたかく、優しい人なのだ。ちょっと口は悪いけどね。笑

 

2年目の係長は、今、近くの部署にいらっしゃる。私の合格を知ると内線で電話してくれた。いつも必ず、当時の係で一緒に働いていたお姉様の名前を出して、「○○さんが飲みに行こうって言っているからねえ。巻き込むかもしれませんがそのときはよろしくお願いします。フォッフォッフォ」と嬉しそうにお話してくださる。「ぜひ巻き込んでください。またやりましょう!」と言えることは幸せだと思う。

係長と○○さんのことを、私は部下だった当時、「係のお父さん、お母さんですから!」とよく言っていた。笑 1年目の係は係長をはじめメンバーがみんな若かったこともあって、今でも一番お父さん感、お母さん感があるかもしれない。2年目の係は、おふたりをはじめ、メンバーがみんなアットホームで、さばさばしていて大好きだ。

 

3年目の係長は、言わずもがなのあのお方。実は職場にご連絡をくださらなかった。だけど、私は確信していた。係長は私用メールで絶対にご連絡をくださると。笑 なんの自信、って自分でも思うけれど、でも係長はそういう方だから、って。1年間ペアで仕事をしていたのだ。係長と信頼関係を構築するために本気で向き合ったからこそ分かっている、という不思議な自信。笑

午前を回る頃、係長からメールをいただいた。「ご連絡が遅くなりすみません」から始まるメールには、「あなたの合格を自分のことのようにとても嬉しく思います」と書いてあった。この上司は、私にとって特別なのだ。2年目の係長が職場の父ならば、3年目の係長はお兄さん。会社人生で、自分の3歩くらい前を歩いている。尊敬しているんだけど、でも同じくらい負けたくないって思える人。係長が頑張っているんだったら私も負けていられない。多分、あちらも同じようなことを思っている、ような気がする。酔ったときにしかそんな話は口にしないけど。係長の言葉は、いつもまっすぐ、自分のモチベーションに結びつく。

 

3年目の隣の係長もメールをくださった。

実は少し意外だった。隣の係長との距離の取り方が一番難しいかもしれない。こちらからがつがつと「係長、今度飲みに行きましょう!」なんて近づきすぎると如実に困られて、かわされる。かといって、もうお声かけするのはやめようと距離を置いていると、そっと近づいてくださる。

今回はまさに後者だった。「落ち着いたら、今度こそお疲れ様会兼お祝い会をやりましょう」という言葉が、ただただ嬉しかった。なによりも、隣の係長がおっしゃってくださることが。

 

4年目の係長はついこの間までお世話になっていた方だ。係長らしい、大変丁寧なメールをくださった。一瞬悩んだ挙句、私は即座にお電話した。無事に合格したことと、感謝の気持ちを一番にお伝えしなければならないのは、試験までの期間、アドバイスをくださり、そして何よりも支えてくださった、係長をはじめとした前の部署の同僚だと思ったから。

電話に出られた係長は、「あなたが忙しいと思ったからメールにしたんですが……」と、異動内示のあとお電話したときと同じように、やはり戸惑われていた。笑(こういうところ、私と係長の相性が合わないと思うところ。笑 ハイコンテキストなコミュニケーション、人への気遣い方、そういうところがいまいち合わない。)私がいなくなってからの仕事について、色々お伺いしたいことはあったけれど、それはまた今度お会いする時にしましょう、と言って電話を切った。明らかに戸惑われていたけれど、でも、久しぶりに直接お話ができてきっと良かったと思う。きっと、電話を切ってから、「ああ、忙しいくせに電話してくるなんて(私)だな……苦笑」と戸惑われながらも、思われたことだろう。お酒が入っていた方が、我々はおそらく上手く話せるかな。笑

 

合格して嬉しかったことのふたつめは、その答案の内容にある。

実は私は今回の答案を、初めての部署で上司や先輩方から教えていただいたことを参考に作り上げた。

だからこそ、私の大好きな方々との実績を評価してもらえたことが嬉しかったし、これから皆さんにお会いする機会が会った際には、「皆さんのおかげで合格できました」、と具体的な内容を伴って言えることもありがたいと思う。

 

学生の頃は、試験に合格することは、ただただ自分のプライドが満たされるからこそ嬉しかった。

だけど、社会人になって、試験に受かる喜びはそれだけではないと思った。

もちろん、落ちたら素直にむちゃくちゃ悔しい。自分の頑張りが評価されなかったら、おそらく言葉には表せないほどに悔しく、情けなく、そして自分が許せないはずだ。それは、自分のプライドが満たされないこともそうだし、「頑張れ」と言ってくださった人たちに顔向けできないと思うから。私のために時間を使ってくださったのに、私はそれに報いることができないことを申し訳なく思うはずだ。

だからこそ、合格して御礼が言えることは嬉しかった。プライドが満たされること以上に、「ありがとう」の言葉を言えることが幸せだった。

「自分のことのように嬉しい」と言ってもらえること、だからこそ、「あなたのおかげで受かりました!」と言えること、その喜びを初めて知った。

私には、そう言える上司、同僚がこの5年間でこんなに増えたのだ。

「仕事なんて嫌い」、そう言っていた入社したばかりの私。

毎日、通勤路でお腹が痛くて仕方が無かったあの頃。あれから、4年半。

今回の試験で、社会人になって、この組織に入って結ぶことのできたご縁を改めて感じた。

「おめでとう♪」「お疲れ様会をやろう」「リベンジしましょう」「お前はやっぱり肉だな」「自分のことのように嬉しく思います」「毎日頑張っていたことが報われましたね」「嬉しいお知らせをありがとう!」「congratulation!」「これからまた忙しくなりますが今後もよろしくお願いします」……そのときそのとき、ご一緒した頃の背景を交えながら、様々なお祝いの言葉をくださった皆さん。周りの人に恵まれたことを、素直に幸せだと思った。

そして、そのひとつひとつに「ありがとうございます」と、そしてその人との思い出を踏まえた「これから」を考え、メールにしたためる。その時間の充実感。

 

これからも、そういうご縁をひとつでも増やしていきたい。

そのために、愚直に、誠実に、何よりも一生懸命仕事をしていきたい。

仕事はやっぱり好きではないけど、でも、この組織で仕事を通じて出会えた皆さんが好きだから、たまに仕事が好きなのだと誤解しそうになる。

私は、何をしていてもそれなりに楽しいし、それなりにいつも愚痴も吐く。おそらく、天職はないと思う。

でも、誰かと信頼関係を作っていく時間は他に代え難い幸せだ。この人と出会えてよかった、そういう人に一人でも出会えたら、その組織に来た意味はあると思う。

 

これから、皆さんに直接お会いして、一人ひとりこの5年間での感謝の気持ちをお伝えしていける。

そう思うと、合格できて本当に良かったと思う。


追記:

その後も色々な方からお祝いのご連絡をいただいた。

以前お世話になった課長、私のことを温かく見守ってくださったおじいちゃん。大学からの先輩。

本当にありがとうございます。

ただいま。

前の日記を更新したのは40日以上前のこと、らしい。
この1か月半の間で、私の生活は大きく変わった。

まず、とある二次試験は無事に終わった。
多方面から「頑張れ」という言葉をいただき、終わったらすぐに「お疲れさま」というねぎらいの言葉もたくさんもらった。
今回、一番お世話になった前の部長からは「試験どうだったんだよ!?報告がおせーよ!」とほぼ翌日には職場あてにお電話をいただいたばかりか、その日の夜には美味しいイタリアンをご馳走になった。
次は異動だな。よし、あいつとあいつを誘って飲み会をやろう。そこで顔を売ってやる。お前、あいつとはまだ繋がっているよな?よし、飲みに行くぞ。
いつも本当に強引だけども(笑)、何かと気にかけてくれる部長の存在はありがたく、はい、楽しみにしています!なんて言っていた。
……のだけど。

試験が終わりすぐにお会いしたのは、もちろん前の部署でお世話になった係長だった。
「今日は真面目なご相談をしに来ました!」とその週にはランチにお誘いし、異動のご相談にお伺いした。
迷惑かなあといつも思う。図々しい私にだってそれくらいの配慮や気遣いはある。
でも、一番本音のご相談をしたいのは、やっぱりこの人だった。ご経験をお伺いしたいのは、やっぱりこの元上司だった。
いつも奢って下さろうとする係長に、私は全力でお断りする(こんなの他の上司だったら絶対にやらない。ただ、係長は別。奢ってもらうと申し訳なくて誘いづらい。)。
係長たちとは、試験が終わったら飲みに行きましょう、とずっと言っていたものだから、「今度の飲み会で、山ほど奢ってもらいますから!!」と宣言したのだった。
「それは奢りますけど!それとは別!」
「いやいや、本当に山ほど奢っていただきますから!!」
「じゃあ早くメール出してくださいよ!!」
「出しますよ!!今日職場に戻ったらすぐにメールしますから!!」
係長とのテンポの良い会話は本当に楽しい。
話をしていて自分の思いを汲んでくださるところに安心するし、突っ込んで欲しいところにかっちりとハマっていく感じはただただ気持ちが良い。
そして、その日もそんな会話に満足して、職場に帰って早速飲み会のお誘いメールを出した。
……のだけど。

最初にお世話になった上司からも、試験が終わった翌日にメールをいただいた。
その年の係のみんなで飲み会をやろう、と。
今や全く違う部署、あるいは違う会社で働いている先輩たちとお会いできるのは嬉しく、楽しみですね、なんて言っていた。
……のだけど。

それらは、全て叶わぬこととなってしまった。

それからまもなく、私に辞令が出た。
定期異動の時期ではなかった。
年度途中の、例年だったらあり得ないような時期に。


それも、まさかの、本社に戻ってこいという辞令だった。


まさに、青天の霹靂とはこのこと。
私はその内示を自宅で知った。
間が悪いことに、私は本人内示日にお休みをいただいていて、のんきに寝ていたのだ。
明らかに職場と思われる番号からかかってきた電話に起こされ、覚醒しないままに出てみたら、そこで名乗ったのはまさかの直属の課長。
試験が終わってからそんなに時間も経っていなかったから、何か試験でおかしなことでも書いたのか、やらかしてしまったのか。
そんなことを考え、内心ヒヤヒヤしていたのだけど、それらは、大いなる勘違い。
その電話が、まさしく異動の本人内示だった。

「来週から、本社に異動になりました。
部署は〇〇というところです。
社内に人事異動表が発表になるのは、明日の予定です。」

頭が真っ白になった。
来週というと、その日から3日しかなかった。

「もう……時間もないですし……私、今日は出勤した方が良いんじゃないでしょうか……」
「まだ、あなたが異動することを、係の皆さんも知りません。明日の朝、私からお話しする予定です。
だから、今日はゆっくり休んで、明日来てください。」

つまり、有給のはずなのに、突然来られても逆に困る。
そういうことだった。

電話が切れてから、すっかり放心状態になってしまった。
その月の終わりには、大きなイベントが予定されていて、私はその当時、それに向けて準備を進めていた。
去年よりも良いものにしようと、係長や後輩と日々議論し、新しいアイディアを形にしていた。
翌週には、関係者の皆さんとの打合せを予定していた。
その大きなイベントを効果的に実施するために、どんな伏線を張っておくかを話し合う打合せだった。
来週には、来月には、来年には……

頭の中に浮かんでくる、この先のスケジュール。
あれをしなくちゃ、これをしなくちゃと無意識に思い浮かぶ、明日からのこと。
でも、その瞬間、予定されていたその部署でのスケジュールが全て消えて無くなった。
私は、その来週、来月、来年を迎えることができなくなってしまった。

ああ、もう、私には全部、関係なくなってしまったんだ。
あんなに楽しみにしていたのに。準備していたのに。
その日を迎えるときには、私はもう担当者ではないのだ。

あの瞬間の戸惑いは、言葉にできない。

いてもたってもいられず、すぐに係長に電話をかけた。
いくら課長が来なくていいよ、とおっしゃっていても、実務的にはそうもいかない。
引き継ぎもある。そもそも異動するなんて思っていなかった。これからの3日間で準備し、引き継いで異動しなければならない。
そのためには、一日も早く係長と今後のことを話し合う必要がある。

「課長から話は聞きました。私、今日、午後から出勤しようと思うんですが、」

電話をしたら、係長は怒りの混じった声でこうおっしゃった。

「あなたのことだから、課長にも出勤すると言うと思いましたし、私にも電話をかけてくると思いましたが……課長からも言われたと思いますが、社内への発表は明日なんです。今日は何もできないんです。来なくていい。来なくていいから」

何も怒らなくても……
そのときはそう思った。
けれど、おそらく、係長も相当動揺していたのだろうということを、その次の日にお会いして、なんとなく、感じたのだった。

翌日から異動するまでの3日間、係長とは色々な話をした。

出勤してすぐに、残りの日々をどうするのか、誰に何を引き継ぐのかを話し合った。

私の異動がいつ決まったのか、いつ課長と係長は知ったのか。心の整理が付かなくて聞いてみた。
前月にもやはり例年ではあり得ない時期に、若手が何人か異動していた。
人事系の仕事をしていた私は、当然その異動表を見ていたし、それを見て今、本社がいかにバタついているのかを薄々感じていた。
実はそのときにも、私の組織から若手を異動させる話が出ていたらしく、私と後輩が候補に上がっていたらしい。
結局、そのときは対象にならなくて、課長と係長は良かったと胸を撫で下ろしていたそうだ。
そうしたら、今回、何の予兆もなく、突然異動が決まったということだった。

やはり今、本社はものすごくバタバタしているらしい。
人事は本社内の各部署から異動させられる若手を募ったが、人が出せないという話だったそうだ。
そこで、ついに出向先のブランチという本社からは随分遠い私の組織に白羽の矢が立った。
特に人員を多く付けていた私の係に目が止まり、後輩の2人が候補になり、最終的に私が選ばれた、そういうことだったようだ。

係長は、私の異動をひどく寂しがってくれた。

「こんなにガッツリと一緒に仕事をした部下は久しぶりでしたから……ショックでしたね」
と、翌朝一番にはおっしゃってくれただけでなく、その後、係内にオープンになり、同僚たちが何気なく「寂しいね」と声をかけてくれるごとに、「寂しいですね」と呟いていた。
いよいよ、異動表が全社的に発表になった瞬間には、「これが夢なら良かったのに、本当になってしまいましたね……」と、当の本人よりも寂しがってくれたかもしれない。

私は、ずっと本社に戻りたかった。

出向先の、しかもブランチという、本社から遠い世界は、間違いなく我が社の最後の天国だ。
ほとんどがルーティンの仕事で、周りがみんな同じ仕事を分担しているから、必ず誰かに聞けば答えが出る。そうでなくとも、リーダーシップの強い係長だった。自分で判断することはほとんど必要なかった。
そこで新しい事業の立ち上げを経験させてもらえたことは、感謝しかない。
どうしたらもっと良くなるかを考えることを求められる。そのために現場をたくさん見に行けて、色んな人に話を聞きに行ける。
報連相をしっかりと求められる。進捗管理してもらえる。
こんなに気が楽で楽しい仕事は、おそらく二度とないだろう。

でも、私は本社に戻りたかった。
本社で同期が新しい仕事に携わり、経験を積んでいる中で、私は本社で働いた3年間の貯金で仕事をしていると、ずっとそう思っていた。
もちろん、ブランチに来たからこそ知れたこと、学んだことはたくさんある。
本社にずっといたらきっと勘違いしていたこともあったと思う。エリート意識ばかり肥大していたかもしれない。
それでも、この1年半、同期たちから置いてきぼりを食らっているような、そんな気がしていた。

人事はそんな私のことを、ブランチに出しておきながらも見ているというのは薄々感じていた。
私のポストに対して、人事から依頼される仕事がちょこちょこあったこと、そして昨年度の人事評価が最高位だったこと。
出向先の、しかもブランチの勤務で最高位なんてまずあり得ない。
それは私の仕事の進め方が特別に優秀だったわけではなく、単純に評価を作文しやすい仕事内容だっただけなのだ。
新しい事業を滞りなく進めたから、なんて、評価理由の作文にはもってこいだろう。
私という人物に対する評価が良かったわけではない。このポストが最初から評価点の高いポストだったという、ただそれだけだ。誰がここに立っても、恐らく同じ評価になったことだろう。
お前をそういうポストに付けたんだぞ、お前は今そういう立場にいるんだぞ、そういうレールに乗せているんだぞ、という視線はなんとなく感じていた。
私という人間の本質は変わらないのに、それは3年目までのときと全く異なるものだった。

この部署に異動する前。それこそ、初めて異動の内示を受けたあと。
当時、お世話になった課長が不貞腐れていた私を呼び出し、話してくれたことがあった。

「最初の勤務が本社だから次は人事ローテーションで出先に出す、そういうことは確かにある。
でも、あなたは、その出先でやるべきことがあって異動するんだから。特命みたいなものなんだから。
次は一緒に残ってくれる係長はいないかもしれない。大変なこともあるかもしれない。
でも、見ている人は見ててくれているから。
だから、頑張って。」
「そしたら……その仕事が落ち着いたら、私はまた戻ってこられますか。
1年できちんと作り上げられたら、もう大丈夫だ、そう思ってもらえたら、また本社に戻れますか。」

当時の青臭かった私は、確かそんなことを聞いた気がする。
その問いに、課長が何て答えてくださったのかは、もう覚えていない。
そもそも、私はこれが本当の話だとは思わなかった。課長の優しい嘘、いや、優しい建前だとばかり思っていた。
いや、課長としては、建前のつもりだったのかもしれない(笑)
そうしたら、まさかほんとに、新規事業の立ち上げが落ち着いて、昨年度の実績を部長と課長に報告したその次の週に本社に戻れと言われるとは。夢にも思っていなかった。

なんとも、おめでたい考え方をすれば。

初めての部署。3年目の頃。私の人事評価はそれなりに良かったと聞いている。
それを知った人事は、3年目のあるとき、果たしてその評価に間違いがないのかを直接確かめるために、私を含めた同期数人をとあるイベントに呼び出した。
そこで、人事からどんな評価があったのかは知らないが、少なくとも新規事業を任せられるという判断はしてもらえたのだろう。
当時の部長、課長の話によると、「彼女の次は過酷ですよ」と言われて、異動が決まった。部長は激務部署に異動だと思っていたらしい。しかし実際には、出向先の、さらにブランチで、その年から始まる事業を立ち上げる、そういう担当だった。
通常、本人内示で知らされるのは係名までだが、私の初めての異動内示は、その時点で仕事内容まで決まっていた。新規事業を担当してもらう、まで直属の課長から言われたものだ。
その後、新規事業の1年目は無事に終了し、2年目は随分仕事も落ち着いた。ほぼ定時帰りとなりつつも、1年目の分析をしながら、さらに良いものにしようと進めてきていた。
そこへ、本社へ戻る話が来た。
これまで、傍流部署で、新しいこと、突発的なこと、時限的な事業ばかり任されてきた私。
初めての本流部署への異動、歴史ある正統派な仕事の担当になった。
間違いなく、誰の目から見ても、紛れもない栄転だった。
ここまでの間、私が何をしたわけでもない。初めの部署の頃から変わらずポンコツだ。人間としての本質は変わらない。
ただ、新規事業を任せてもらえる、というのが何かのレールだったのだ、と思う。作文しやすい、というか、この人は優秀なのだというロジックが立てやすい、というか。
現実は必ずしも作文通りではないけれど、多分、人事における「私(というかこのポストにいる私)」という存在が作文しやすい人間になっていたのだろう。
組織のいうのは不思議だと思う。自分は何も変わらないのに。

ただ、これは相当おめでたい考え方をした場合である。
実際には、そんな優秀な社畜ではないことは、自分が一番よく分かっている。

確かに今の部署は紛れもなく本流。
私だってずっとエリートがいく組織だと思っていた。普通ならまず私を異動はさせない。
私自身、自分のことはそれなりに分かっているつもりだが、私は組織でトップを走るような人間ではない。そんな器はない。
同期で1〜5位には間違いなく入らない。10位までに入っているかも怪しい。
円滑なコミュニケーション能力、頭の回転の早さ、機転、といった指標で見れば20位くらいだろうか。そこにパワフルさと仕事への責任感の強さが強いという評価が少々高い、といったところだろう。
だからこそ、時限的な面倒くさい仕事には付けるけど、正統派な本流にはなかなか行かなかった。傍流の都合の良いお祭りオンナ、というのが私の自己評価である。
ただ、そんな私ですら異動させられるということは、それだけ人が足りないということなのだ。
本来、そのポストに付けるべき人が他の部署に取られてしまっているから、繰り上げで呼ばれたにすぎない。
そこを勘違いすると痛い目に合うと思う。

脈絡もなく長くなってしまった。

以上がこの40日余りの間に起きた出来事である。

異動にあたっては、引っ張られたんだね、と半ば嫉妬のような声も聞かれたが、正直、そんなものではないことは、自分が一番分かっている。
こんな中途半端な時期にただ単に人が出せたのが、私のいた組織だけだったという話だ。
さらに言えば、その中でも私がいた係に人が多かっただけで、後輩と私のどちらが異動に適した時期だったかという、ただそれだけの話にすぎない。
仮に評価されたのだとしたら、それは私自身ではなく、私のポストだ。
私は大した人間ではない。コミュニケーション能力は低いし、愛嬌があるわけでもない。ゆえに、結構ハレーションも起こす。

でも、異動してきてしまったものは、もう仕方がない。
向いていないと思っても、周りから嫉妬されても、しばらくは組織全体に迷惑をかけたとしても……なんとかモノにしていかないといけない。
なぜ、私が悩まないといけないのだろう、と思うときがある。
こんな時期に異動させられて、これまで一度も経験したことのない分野の仕事で、それも結構な繁忙期の中で……仕事の意味すら分からないまま、いきなり出来るわけがない。なぜできないことにこんなに悩まなければいけないのか。でも、相手方はそんなこと知ったことではないだろう。結局、私が努力しなければ、周りに迷惑をかけてしまう。正直、つらい。多分、人事が思っている以上に、年度途中に一人異動するのはつらい。自分の中の連続性が突然途絶える。私の本質は変わらないけど、組織人としての「私」は変化させなければならない。
確かに前の私の仕事は楽だし、本社の人たちからしたら大したこともないと思うだろう。
でも、そんな仕事でもこの先の予定はあったし、目標もあったから、それが一瞬にして全て無かったことにされてしまうのは堪える。成果すら報告の機会は与えられず、ちょうど年度途中の自己評価の時期とかぶっただけに、真っ白な成果シートには新しい目標と今日までの1週間の成果を記入せよ、と機械的に求められる。そんなの、書けるわけがない。
じゃあ今日からはこれを頑張れ、これを習得せよ、ちなみにあなた以外の周りの人たちは少なくとも半年はその仕事をしているから、分からないのはあなただけだよ。
そんなことを言われても、とても受け止めきれない。

そうは言っても、でも頑張らなければならないのは分かっているんだけども。

とある二次試験のお勉強

最近はもっばらとある二次試験に向けたお勉強をしている。
朝の定時前に1時間、夜の退勤後に2時間。
こんなに勉強しているのは、ほんと大学受験ぶりなんじゃないかしらと思うほど。

少なくとも、昨年の一次試験より勉強していると個人的には思う。

この試験の勉強を始めたのは、遡ること半年前。
意識の高い同期が、勉強会をやろうと提案してくれたことがきっかけだった。
意識の低い私は、当然のように穿って目線で「勉強は一人でやるもんだよバーロー」などと悪態をついていたのだけど(つくづく性格が悪い)、同期たちの熱意に危機感を煽られ今日までやってこられたのだから、感謝しなければならないと思う。

また、この半年間は特に上司から何度もご指導をいただいた。上司は頭が良すぎて、正直ご指摘いただいたことの何割を私が理解できていたかは分からない。
だけど、何回も時間を取っていただいて、本当に感謝しかない。

そして、9月に入ってからは前の部署でお世話になった方々にもご指導をいただいた。
前の部署の部長には毎日のように添削をしていただいた。
朝いちで部長にメールし、午後には添削を送り返していただいて、就業後にまた勉強しては、翌日朝いちでその結果をメールする。その繰り返しが1週間続いた。
毎日お時間を取っていただき、添削してくださっているのだ。だったら毎朝すぐに提出しよう、しなければならないと、睡眠時間も削って勉強した。最も早い日は4時半起き。
正直、久しぶりにこんなに追い込まれたと思う(笑)
でもおかげで、短期間で私のレベルはぐっと上がったと思う。忙しい中でこれほどまでに時間をいただいたことには、本当に感謝しきれない。

そして、最後は前の課長と前の係長。
実質的にお二人に頼ることはついになかった。
本当は課長には添削していただきたかったのだけど、そこは辞めておいた。不安なんですよ、見てくださいよ、って何度か泣きつきはしたけど、実際にメールをすることは無かった。
課長は私の今の課長を大変ご配慮されていたし、その面目は潰さないようにしようと思った。
何よりも実際、忙しかっただろうから、多分見る時間は無かっただろうし。
ただ、人間関係的に泣きつくだけ泣きついておくことは大事だと思って(笑)そしたら、言い方が悪いけど上司と部下という役割をお互い適切に演じ、関係性を更新できるからね。
私と課長の適切な距離感はそのくらい。
遠すぎず、でも近すぎない。10メートルくらい、っていつも思っている。

係長には元々見てもらうつもりは無かった。
優しく、時に優柔不断な元上司は、きっと私に「指導してください」なんて言われたら非常に困るだろうと思ったから。
真面目だから1か月くらい悩むだろう。
毎日遅くまで残られる係長にはとてもお願いできなかった。

ただ、お二人にはメンタル面で本当に支えてもらった。
私とこの二人の上司の良いところは、良い意味で、理想的な建前を演じきれるところにあると思っている。特に課長、係長、私と3人揃った時の関係は実に理想的だと思う。
課長は私と顔を合わせると必ず「飲みに行こう!試験が終わったら絶対行こう!〇〇さん(前の係長)とももう少しだね、って話してたんだ。まあ、俺が飲みたいだけなんだけどさ(笑)」と声をかけてくれる。
どんな形であれば、一瞬であれ、それが嘘か本当かは些細な話で、ただ気にかけてくれるというのは結構嬉しい。
だから、「本当ですか!?私、自分からメールしますよ!(笑)終わったらすぐにメールします!本当に本当に誘いますからね!(笑)」と絶対に返す。あなたのことを気にしてますよ!というのを最大限伝える。それが礼儀だと思っている。これも結構楽しい。
そこは建前と本音のビミョーな距離感があるので、本当に誘うのかは実はかなり悩んでいる。
誘うにしてもいつ誘うのかとか、どんな文言で誘うのかとか。
恐らく課長が考えられている以上に私は毎回戦略を立てているのだけども(笑)
それでも、そういう建前のリレーションを築けることを私は案外楽しいんでいる。

そして係長と私。普段は今でも「仕事がお好きですよねw」から始まる中身のない話題で1時間は話を続けられる。でもふと真面目な話をする。たまに毒も吐く。そういう元上司の方と、元部下の方。(コミュ力高いから係長がどう思ってんのかはいまいちよく分かんない。たまにこれウザがられている?と思うときもあるけれど、その一方たまにやたら楽しそうな私事メールが来たりする。不思議な距離感。)
そんな係長には、「試験が終わったら飲みに行きましょうね!」と課長と同じようにやると必ずツッコミで返される。「自分から慰労会やろうって言っちゃいますか!(笑)」みたいに。
基本的に会話がボケとツッコミの応酬なので非常に頭を使う(笑)そして、表面上の意味するところと中身が伴わないことも係長の難しさ。
これにマジレスしてはいけない。しょぼーんとしようもんならマジで気を遣わせてしまう。
「それ超図々しい奴じゃないですか〜(笑)と言いつつ禁酒してたので喉が渇きましたって送りますけど」「禁酒してるんですか……!?よく生きていられますね……!」「知らなかったですか?私、ウーロン茶しか飲みませんからね」「それは私の話だから!(笑)」と次から次へと笑いで返さなければならない。
係長との距離の取り方は難しいのだ。空気の読み方が難しい。
でも、そんな風に真面目な出来事を茶化してくれるのはありがたい。そして真面目に向き合ったら真面目に答えてくれるのも助かっている。
だから、試験が終わったら、自分から慰労会、又の名を係長の某試験の決起会と題して堂々とお誘いさせていただきます(笑)


部下への指示の出し方、叱り方についての一考察

前の係長とサシで飲みに行った。1年ぶりである。
昨年、とある資格試験の一次試験が終わってから、何かとつけてずっと「飲みに行きましょう!」と言っていた気がするが、忘年会、新年会、お花見、お疲れ様会、納会……と結局予定の合わない日々が続き(笑)、あっという間に1年が経ったのであった。
おそらく、この1年で一番お声かけをして、一番振られた人だと思う(笑)

係長と話すのは本当に楽しい。
いつもは、本当に純粋に仕事の話しかしない我々だが、今回は珍しく係長が色んなことを話してくださった。
先輩になった頃のこと。係長になりたての頃のこと。
若い頃にお酒で失敗された話。
ご一緒に仕事をしていたときのこと。
本当に色々なお話をした。もう部下ではないけれど、またひとつ、楽しかった日々のその先が更新できたような気もした。

お鍋から「この野菜は美味しいよねえ」と色々な具を入れようとよそってくださる係長は、本当に「お父さん」という感じだった。
仕事ではほとんど家庭を出さない方だけど(あの係長、ご結婚されているの!?と知り合いから聞かれ、驚かれることもしばしばである)、思わずその姿に、「係長って優しいお父さんでしょうね。係長が怒るところ、想像がつかないですよね」と口にしてしまった。その瞬間、本当に良いお父さんだったから。
係長は「威厳がないんじゃないですか」と苦笑いを返された。怒らないのではなく、怒れない。自分は叱れないのだと。
やたら叱れないということをよくおっしゃるから、会話の流れをそちらに向けてみたら、なんてことはない、その本意は、部下を叱るかどうか悩んでいらっしゃるという話だった。

言おうか言わまいか、とても悩まれていたけれど(そりゃそうだ。私だって部下がどの方か知っているもの)、係長がお話してくださったのは、こんな状況だった。

部下の仕事が、目に余るほどに遅いときがある。
「時間があるときにやっておいて」という資料が一向に上がってこない。
もう少し気遣いできた方が良いのになぁ、この先損をしそうだなぁ、と思うときがある。

今までの部下と比較してはいけないけれど、その遅さが気になっていらっしゃるらしい。
その場で私は矢継ぎ早に質問した。
なぜその部下の方は、やらないんですかね。それとも、やれないんですかね。
時間がないからでしょうか。やり方が分からないからでしょうか。やらなきゃいけないことが多くて、精神的に追い詰められているのでしょうか。苦手意識を感じているのでしょうか。目的や重要性をきちんと分かっていないのではないでしょうか。

別に私自身がその部下に興味があるわけではない。
係長にはなぜ「遅い」という結果になっているのか、意思疎通に齟齬が起きているのかを一段階落として考えてもらった方がいいと思って、その質問をしたのだ。
逆にその部分を読み間違えて、単純に叱る、もしくは注意をすると不幸な結果になると思った。

係長曰く、とても素直な方だということ。
言葉で伝えることを額面通り受け取る性格だということ。

なるほど。私はあっさりと納得した。
それは単純に両者のコミュニケーションの取り方の違いである。

私が係長とコミュニケーションをとっていて思うことは、この方は非常にハイコンテクストな会話をされるということである。
額面通りの意味ももちろん大切ではあるが、その言葉がどういった環境で、タイミングで伝えられたか、その背景にはどんな状況があるのか、というのをきちんと把握していないと、本意を取り違える危険性がある。
私と係長とのコミュニケーションの代表は、「仕事が嫌いです」または「異動したい」だと思う。これを額面通り受け取ったら本当に嫌な上司と部下である。一緒に仕事をしているのに、まるでその状況から逃れたいと思っていると受け取られても仕方がない。
ただ、私たちの場合はそれが共通の話題であり、その共通言語を用いることで信頼関係を深めていったのだ。
どんなにそう言っていても、この上司は誰よりも前向きだと私は知っているし、この部下は休日出勤してでも仕上げてくることを、係長は知っていた。
だからこそ、「仕事が嫌い」というブラックジョークを平気で言える。むしろ、それが冗談としてまかり通るほどには仕事をしている。お互いに、それが冗談だと分かりきっている。
そして何よりも「仕事は嫌い(だけど、この上司もしくはこの部下とこうして仕事の話をするのは案外悪くない)」という続きが暗にあることも分かっているからこそ、不快にはならない。むしろ笑って楽しめるのである。

また、先日のこと。夏休み前の係長からメールをいただいた。
先日送った係長の仕事に関するアンケートについて、答えが遅くなること。そして、別件だけど、明日から夏休みで前の部署と関わりが深い土地に旅行されると、そう書いてあった。もちろん最後には、「仕事関係の場所には行きませんけどね(笑)」と天邪鬼な一文は忘れていなかった。
そのまま受け取ったら、回答が遅くなることの言い訳にしか見えない。だけど私はそれを「仕事関係の場所に行かれることが楽しみで、誰かに言いたくてしょうがない」メールだと読み取った。
それは、送らなくてもいいメールである。一見私への言い訳のように見えて、本当に伝えたいことは旅行の事実である。
だからこそ、その日のうちに「夏休み、楽しんでくださいね」と一言だけ、メールを送った。
さりげなく、いや、割と分かりやすくとお土産も要求した(笑)こんなメールを送ってくださるくらいだから、きっと買ってきてくれるんだろうなと思いつつ。
そのことも直接「あのメールからはワクワクする気持ちしか伝わってきませんでしたよ」とお伝えしたら、「送らなくてもいいメールだもんねえ」と笑っていらっしゃった。うん、そのとおり。
なぜこのタイミングでこのメールを送ったのか、その意味を読み間違えてなかったなと、胸をなでおろした。


つまり、それくらいハイコンテキストなコミュニケーションを要求される。
また、私は係長が気を遣う人だというのも分かっている。私に仕事を振るときに、おそらく無意識だと思うけど、いつも腕をさすっていた。そこには何かしらのストレスがあるのだろうなと感じたものだ。
だからこそ、例えば係長が私に「時間があるときにやっておいて」と言われたら、なるべく早くやって欲しいんだな(むしろそう思うからこそ、「時間があるときに」と私を配慮しながらも、わざわざ「やっておいて」と言ったんだな)と思うし、その日のうちには仕上げる。
つまり、私だったら本意は「やっておいて」の方だと捉える。ただ、必ずしもみんながみんなそうではないだろう。

私がここまで考えるのは、そもそも私も係長とコミュニケーションの取り方が似ているからに他ならない。やたら変に必要ないところで気を遣う。そういう意味では、私の前の部下、私の後輩くんも近いと思う。
また、実際に直属の上司部下で一年を過ごし、やはりコミュニケーションのとり方に悩んだことがあることも大きい。

それを係長が素直な若手に求めるのは酷だし、今の状況で単純に叱ったら不幸な結果しか生まないと思う。

ではどうしたらいいのか。
私が係長の立場にいたら、どのように部下と接するか。
コミュニケーションの方法が近いと思うからこそ、割と真剣に考えた。
ちなみに、このあたりは酔っていたのと、元「部下」という立場もありお伝えはしていない。何かの機会があったら意見交換してみたいところである。

まず、「気遣い」を育成するという考えは持たないようにすると思う。
係長が目指している、というか部下の今後を考えてできた方がいいと思っているのは、「時間があったらやっておいて」の言葉でできることだと思う。つまりハイコンテクストな指示に気がつける、「気が遣える」部下。
ただ、気遣いの仕方は人それぞれなので、この部分を育成するのは非常に難しい。
いや、できないことはない。そうやって叱れば、多分それなりにできるようにはなるけれど、係長の顔色を伺いながら仕事をすることにはなると思う。すると、係長は係長で根が優しい性格なので、絶対に気にしてしまい、余計気を遣うはずだ。なので、係長的意味での「気遣い」という曖昧さについては、副次的に気が付いてもらえたらラッキー、くらいに捉えたい。
相手は若手なのだから、まずは「いつまでに、何を、誰に対して、なぜやって欲しいのか」を明確に指示を出すこと、そしてそれを達成させることが一番大切ではないか。
というか、現実問題として、「時間があるからやっておいて」でやってくれないのなら、それは伝わっていない。もっとコミュニケーションをブレイクダウンさせるしかない。
ただ、言い方はもちろんあると思う。例えばこうだ。
「今、業務に余裕はありますか。この仕事をお願いしてもいいですか。ちなみに、〇〇課長に△△までに上げる資料の基礎データとして使いたいと思っていますが、どれくらいでできそうですか」
で、部下に自分の仕事がどれくらいでできそうなのかを考えさせる。
もちろん、自分で口にした締め切りまでにやっている気配が見られなかったら、催促するのも忘れてはいけない。
誰だって催促なんてしたくない。相手を不快な気分にさせたい人なんていないだろう。
だから、そこは急かすのではなく、相手を思いやるテイで聞くのはどうか。
「あの仕事、どうなっていますか。どこか難しいところはありましたか」
若手のうちは思いもよらないところにハードルがある。経験不足、知識不足、人脈不足。例えば、今の5年目の私からしたら大したことがない仕事でも、2年目3年目には難しかった。
知識がないから時間がかかり、経験がないから勘がなく、人脈がないから誰に相談したら良いのか、また、どう話を通すのが「正解」なのか分からなかった。
そういう、ちょっとした不足が仕事をしていく上では大きな足枷となり、先輩や上司からしたら些細な調整、書類作成であっても随分高いハードルに思え、気が重かった。
だから、上司は気にしてあげて欲しい。
なぜ「遅い」という状況になっているのかを気にして、その原因を探って欲しい。
そこが本人の怠惰によるものなら叱った方がいいと思う。
ただ、例えば係長が忙しすぎて報連相ができないというのならば、共有する時間を作ってあげた方がいい。本人がオーバーフローを起こしているのならば、一回優先順位を一緒に考えてみるのもいいかもしれない。
いずれにせよ、「遅い」という状況そのものを叱ってしまう、これは非常に危険である。「遅い」ことは原因ではなく、結果にすぎないからだ。

まずは、上司として相手に分かりやすく指示を出せているかを振り返ったらいいのではないか。
仕事が遅いことそのものではなく、仕事が遅くなる理由まで、一緒に考えてあげられたらいいのではないか。
生意気な元部下は、そんなことを考えた。

また、気遣いができていない部分について。
これは難しい。私も他人を見ていると気遣いができていないと思うときが多々ある。
言葉を額面通りに受け取る素直な子だと言うのならば、一度こう言ってみてはどうだろう。
「この資料をお持ちですか。お借りしても…あ、そのうちのこれをコピーしてきてもらってもいいですか。本当に申し訳ないですが」
とりあえず頭は下げてみるけど、相手にやらせてみる。これを何度かやっていると、コピーして持っていくもんなんだな、と思うのではないか。毎回「コピーしてきて」って言われるのも面倒だし。
そのあたりは、嫌な気持ちさせることは少なからず飲み込んだ上で、「反復練習」させるしかないのではないか。

私自身が自分の上司との付き合い方を振り返っても思うが、仕事が上手く回る上司は、必ずしも相性がよく、ポジティブな感情で仕事ができる人であるとは限らない。
むしろ、この前の係長が稀有な存在で、割と自分とコミュニケーションの取り方が近く、相手への配慮する姿勢(というかできるできないは置いておいても、何を配慮すべきと考えているかというポリシー)が似ていた。なおなつ、仕事への取組姿勢も近いという珍しい関係だった。
だから、ポジティブな感情で仕事ができていたし、分からないことがあれば素直に聞いていた。

ただ、そのような仕事ができることは少なく、考え方が合わなくていらいらしながら仕事をすることも多い。
なんでこんなに締め切りに口うるさいのか、とか。なんでこんなにコピーしに行かなければいけないのか、とか。考え方の違いから、そういうことを思うこともあった。
だけど、その当時は上司がそういったことを気にして指示してくださる方だからこそ、上手く回っていた。
必ずしも、お互いの感情がプラスであることが、仕事を上手く進めていくための必要条件ではないのだ。

ただ、問題は、この係長がそうした仕事と感情を切り離し、仕事を上手く回すために部下に対してシビアなまでの確認、報連相ができるかというところである。そうまでして、部下を育成したいと考えるかである。
個人的には、「ノー」ではないだろうか。
係長の良いところは、男性には珍しいくらいに、「察する」コミュニケーション能力が良くも悪くも高いところ。調整上手であること。相手を気遣えるところ。
だからこそ、係長が部下とやるべきは、叱ることではなくて、「言葉による指導」だと思う。

毎朝5分間、部下と打ち合わせの時間を取っているらしい。これは私が係長の部下をやっていたときに、お願いして作ってもらった制度だ。
係長は、この5分間を有効活用したら良いと思う。
私が部下をやっていた頃と変わっていなれば、どんなに忙しくても、この朝の5分間だけは情報共有するのがルールである。ここで気になる業務の進捗状況は確認するのが良いと思う。
お互いのやるべき業務をリスト化し、何が今日のゴールなのかを共有する。
係長は、対話能力が極めて高い人だから、この5分間での会話の中できちんと部下の状況を引き出して、分からないこと/分かること、できること/できないこと/挑戦させたいことの整理を行い、改めて締め切りを設定してあげるのが良いのではないかと思う。

係長は確かに叱れない人だけど、私はそれが良いと思っている。
叱らなくても、悩みながら前向きに仕事に取り組む係長を見ていれば学ぶことは多い。
だからおそらく、悩みながら、でも思いをもって部下と素直にコミュニケーションを取れば、今の部下も気がつくことがあると思う。
それは、必ずしも係長の求める「気遣い」ではないかもしれない。でも、係長とは違うベクトルの「気遣い」だからこそ、相互補完となる部分もあるはずだ。
おそらく、もっときちんと向き合えば、「仕事が遅い」のその先に、理由があると思うのだ。
そして、何よりも、その部下と同じくらい素直な上司だからこそ、伝わる言葉もあると思うのだ。

「思い」を伝える。

久しぶりに係長からメールをもらった。
久しぶりと言っても1か月ぶりくらい。
前の部署でお世話になった方が退職されるらしい、私の後任のお姉様がその件で係長の元を訪ねたと書いてあった。
そして、もう一件。このたび、とある事務について、各カンパニーにアンケート調査を実施することになりました。
参考送付しますので、元経験者として、お手柔らかなご意見を……いやいや、忌憚なきご意見を頂戴できれば幸いです。そう書いてあった。

各カンパニーにアンケート調査!それって絶対に炎上するやつじゃん!このオトーサン、さっすがだなー……ほんと、火の粉を振り払いながら炎上するよなぁ。。
……という感想は置いておいて。
とにかく、ああ、係長らしいなぁと思った。
この人は、本当に現場の声を大切にする。数字ではなくて、気持ちを大切にする。言葉を大事にする。寄り添……わないときもあるにせよ、まずはしっかりと受け止める。否定しないで、全部聞く。係長らしいなぁ。
こういう、愚直な仕事の仕方、私はとても好きなのだ。

せっかく、意見を申し上げる機会をくださったし、本来業務にゆとりもあったこともあり、一生懸命、回答を考えてみた。
係長からいただいた、各カンパニーにまいたという回答用紙。なるほど、事務手続きを作る側の人たちは、こういう風に仕事のカテゴリー分けをしているだろうなぁと思った。
せっかくだから、現場の視点、現場の状況が少しでも伝わるような書き方をしよう。
いただいた見方は確かに大事。
でもそのカテゴリーの分け方だとこぼれ落ちる課題があるのも事実。
だから、あえて視点を変えてみる。
その事務手続きを3つのプロセスに分け、それぞれの段階でどういったことが起きているのか。そして私は担当者として、どういった点が問題だと感じてきたのか。どうして、どのような点を改善したいと言ってきたのか。
そういったことを文章で丁寧に書き出した。
私が今、もし係長の部下だったとしたら。仕事で相対できるとしたら。この問題をどのようにまとめて報告しただろうか。
そんなことを考えながら、回答を作った。
そして、謝罪の言葉とともに、お返しした。長々とすみません、と。
きっとここまでの回答は求められていらっしゃらなかったと思う。私だって、他の上司からのメールだったら、恐らく思ってもいないお世辞を書いてお茶を濁したと思う。いやいや、ご意見なんてございませんよ。でも強いて言えば……なんて書いていたかもしれない。
でも、係長だからこそ、本気の思いを伝えたかった。
おそらく、各カンパニーから上がってくる回答には、ある程度答える責務があるだろう。相手から声を聞くというのはそういうことだ。興味本位というわけにはいかない。
でも、私はただの第三者。私の回答に答える義務はない。
だからこそ、なるべく現場の生の声を具体的に届けたかった。担当者がお上様に提出するのとは違う、ぶっちゃけたところを伝えたかった。
いつもの雑談だったらきっと、笑って流してしまうような話。仕事のスタイルでなら、真面目に、本気に、これは今の私の本来業務ではないけれど、最も適切にコミュニケーションが取れるような気がした。
きっと、係長なら、私が本気でぶつかったところに、何かしら気が付いてくれる。その気付きを大切にしてくれる。そして、良くすることに活かしてくる。そこは信頼している。

後日、お礼をいただいた。あなたからの回答は、おそらく最も長文だろうし、きっとクオリティも高いものと思います。そんなことが書かれていた。
長々とマジレスして、気を遣わせてしまったかな。申し訳なさが、ほんの少し。
ああ、私の「思い」はちゃんと伝わっている。そんな嬉しさが、やっぱり少し。
でも、後者の方が強いかな。多分、何かしら伝わったのではないかと思う。
わざわざ、携帯あてに仕事の時間外に「取り急ぎのお礼です」なんてメールをくださった。
別に送らなくてもいいメールなのだ。本当に「取り急ぎのお礼」だけの意味ならば、職場メールでもよかったはずだ。
わざわざ、携帯あてにくださった。そうまでして返信しないといけないと思わせる、何かを伝えられたんじゃないかな。そう思った。
あるいは、もしかしたらお疲れなのかもしれない。少しだけ、そうも思った。
私もたまに、1か月に一回くらい、係長にメールをしたくなるときがある。だいたい仕事のやる気をひどく失っているとき。別に特別何がしたいでもなくて、係長にちょっかい出して、ふとした言葉に元気付けられたいって思う。
会社に自分のことを分かってくれる人がいる、自分の言葉が伝わっている人がいる、って思えるのはすごく精神衛生上ありがたいことで。多分、そういう上司がたくさんいるわけではないことを、私はきちんと分かっていて、だからこそ「仕事が嫌い!」で盛り上がれる上司のことを、特別なんだと自覚している。
それを改めて確認して、「昔そんな上司がいたんだよね」と関係性を過去のものにしたくない、今の関係を更新していきたいと思うときがあるのだと思う。
同期に愚痴を言うのともちょっと違う。
友人、あるいは恋人に対する安心感とも違う。
信頼できる「上司」、目的意識の共有化を図れる人がいてくれるという安心感。一番近いと思ったのは「メンター」という言葉かな。
しかし、あのオトーサンが私みたいにそんな感情的なことを思うとは到底思えない。単に真面目な方だから、職場でお礼をする暇もなかったから携帯にくれたんだろうけど……でも、なんとなく、「伝わる」と思うからこそ思う。
私がこう言ってもらえたら嬉しい、という感覚と近いもの感覚をお持ちだからこそ、伝わるのだと思う。だからこそ、そこは一貫として、内容はもちろんだけど、「思い」を伝えようと思った。
きっと色々と大変なんだろうけど……でもその事務手続きを、もっと良くしたいと思っている人は、係長だけじゃないから。仕事が大嫌いだけど、前向きに頑張ろうって思ってるポンコツな元部下もいますから。あなたの味方、あなたのことを尊敬する部下だっているんですよ!
記載した内容はもちろんだけど、そんな気持ちを少しでもお伝えできれば、嬉しいなと思う。

異動して、もう1年と4か月。
私と係長が上司部下で仕事をしていた期間よりも、既に長い。
仕事で真面目な話をしていた期間よりも、しょうもない雑談をしている時間の方が、長くなってしまった。
そんななかで、今回の回答作成は、本来業務でないにせよ、久しぶりのお仕事モードだった。
まっすぐ、熱い気持ちでボールを投げた。
ただただ、それが楽しかった。
係長はそれをきちんと受け止めて、さらに前にボールを投げてくださった。それが、なんていうのかなぁ、爽快だった。私の投げた勢いを打ち消すことなく、もっともっと、私ひとりでは投げられないくらい遠くへ、ボールを投げてくださる。私はそれにワクワクしてしまう。それが楽しい。ああ、仕事はこうでなくっちゃ。
係長に言ったことがないけれど、思っていることがある。
私と係長って、本当に超が付くくらいバカ真面目だし、申し訳ないけど要領悪いし、「仕事なんて嫌いです!」って言いながら責任感だけはあるから無駄に仕事を増やすし、判断も苦手で、色んなことに時間がかかる。それに私に至っては係長の十分の一のコミュ力もないですけど……
でも、二人揃ったら絶対楽しいし、後ろ向きなことを言いながら、絶対死ぬほど前向き。お互いに責任感を持って、もっと良くしようと一生懸命だって分かってる。一言だって、そんなことは言わない。言わないけど、ちょっとした言葉で分かる。これを良くしたい、こうしたい……ふとしたときに漏れてくる、そういう言葉で、十分伝わってる。
だから、「仕事なんて嫌いだ!大嫌いだ!」って口では思い切り言い切って、周りから苦笑されるくらい笑いながら、本気で仕事に打ち込める。
これって本当に、「最強コンビ」じゃありませんか?

絶対口にはしないけど、久しぶりに、そんな言葉が思い浮かんだ。

当たり前の終わりのその先

先日、前の部署の上司たちと飲みに行った。
前の課長と、前の係長。
課長とは先月飲みに行ったばかり(課長とは2〜3か月に一回は飲み会でお会いする。)
係長とは今月ランチに行ったばかり。
それぞれとはよく会っているからそんな気がしなかったけど、3人揃うのはほぼ1年ぶりだった。

記憶を無くしかけるほどまで飲んだのは久しぶりのこと。どんなぶっちゃけ話をしたのか、何をしでかしたのか正直怖い。怖すぎる。
今の係長の愚痴は間違いなく言った。
先に帰った係長に意味の分からないメールを送りつけた。ここまでは覚えている。
何よりも怖いことは、前の係長は下戸で素面ということである。もはやホラーである。ゾッとする。

最高に楽しい上司たちだった、という記憶はきちんと残っている。
やっぱり、この3人でしょ!最強だな!
酔いが回りに回った頭で、何度も何度も心底思った。
でも本当は、仕事の打ち上げで来られたらもっといいなと思う。
何かを達成したあとで良かったねって言い合うことができたら最高だと思う。
もう一度、課長の指導に悔しがりたいし、係長とは「ああやっぱりこの上司とは最高のコンビだな」って思えるような仕事をしたい。
もう一度一緒に働きたい上司たちだ。

今日はいつものメンバーである、隣の係長が急遽キャンセルになってしまった。
お断りのメールには、「お詫びではないですが、次は私が幹事をしますよ」と書いてあった。
課長は「隣の係長のおかげでまたすぐに出来るね。試験前にもう一回行けるでしょ?」とノリノリだった。それが嬉しかった。
(今年私はとある資格試験の受験が待ち受けている。)

私から係長にはただひたすらいつもどおり茶化し、それから10回くらい係長のいる職場に引っ張ってくださいとお願いした。
真面目な係長は、「来年、私の隣の係長が異動ですから。あなたがやりたいことができるチャンスかもしれませんよ」とおっしゃっていた。
いやいや、そうじゃなくて。係長ともう一度コンビを組んで仕事がしたいんですよ……!という気持ち、きっともちろん伝わっていることだろう。
ただ、係長は極めて適切な距離感を分かっていて(この人ほど距離の取り方が適切な人はいないと思う。)、だからこそ、それをとてもうまく躱してくださった。
私はその部署に異動したいわけではないのだ。
多分、係長に出会わなかったら今のカンパニーにも未練はなかったと思う。
もう一度、今のように雑談や冗談を言い合うだけではなく、本気でぶつかり合って、休み返上でも良いもの作って、前向きに、パワフルに。私は係長とそんな仕事がしたくてたまらない。
この人の前向きな話が聞いてみたい。夜遅くまで議論したい。
この人と、良いものを作るために一生懸命になりたい。
この人のために、がんばりたい。
そして、たくさんの良いところを盗みたい。
私は、それを伝えたかった。
それを伝えたところで、別に引っ張りあげてもらえるもんでもないんだろうけど、でも、私は伝えたかった。係長の凄いと思うところ。負けたくないところ。もっともっと教えて欲しいところ。それが、あの1年に対するお礼であり、そして私の仕事におけるやる気の源でもあるから。

翌日、おふたりにお礼とお詫びのメールを出した。
それぞれから返事が来て、その瞬間にやっぱり課長と係長だな!と思った。
単に上司であること以上の親近感。安心感。
「またやろう!梅雨明けにすぐやろう」という課長の言葉や、「次もよろしくお願いします」という係長の言葉。
多分、社交辞令なんだけども、なんとなく、ああ、そうだよなぁ、次もあるよなぁと素直に思えた。
それは本当に「すぐ」なのかもしれないし、なんだかんだまた1年後くらいかもしれないけれど……でも絶対に「次」があるのだ。
1年と3か月前に終わってしまった、私の楽しかった「当たり前」。
それ自体は戻ってこないかもしれない。でも、その先に築くことのできた、この関係は、なくならないのだ。
なんだろう。そう思えること、それがすごく嬉しかった。


学生時代

久しぶりに大学時代の部活同期と飲み会だった。
結婚式以外で会ったの、本当に久しぶりのような気がする。

今思えば、なんでこの部活にいたのかと思う。
私は、この部にいた資格、あるんだろうか。
そんなことをたびたび思ってきた。
みんなみたいな懐の大きさも、才能も、努力できる技量も、人柄も持っていない。

だけど、みんなに会うと不思議と負けたくないって思う。
この人たちと一緒にいて、「どうせ私なんか……」と思う私にはなりたくない。
みんな、すごい人たちだけど。
私は、本当にドメスティックで、保守的で、情けなくなるけど……

大学の頃、私は部活の中でとあるリーダーをやっていた。
今でもそれはほろ苦い思い出で、私にはその資格なんて無かった、と思う。(部活の思い出は、そんなのばかりだ。)

今日、初めて会った人が一人いた。
「リーダーってどんなことしていたんですか?」と聞かれた。
何してたんだろう。その組織での打ち合わせにおける司会進行かな。
あるいは何もしていなかった。
そう思った。言葉が続かなかった。

でも、いや、違うんだと思った。

私は、自分にできることには限界があると思っていた。
20人余りの後輩たちが、自分たちのやりたいように。みんなの持っている力を発揮できる組織が一番強いとそう思っていたから。
私がやったことは、誰も辞めない組織作り。
少なくとも、私がリーダーをやっていた組織では、数が力だと思っていたから。
人がいないと始まらない。
だから私は、何もしなかった。
強力なビジョンの押し付けや、マネジメントで、彼らの可能性を奪う必要はない。

私が部活にいて思ってきたこと。
どんどん同期が辞めていくことが、本当につらかった。
部活に悩む同期がいることが、やるせなかった。
そんな人を減らしたい。そんな組織にしたくない。そういう思いだけはあったなぁ……
「なんでお前がリーダーなの?」、同期たちにはそう言われるほどのポンコツだった私。
でも、そんな気持ちがあってその仕事を引き受けたのだった。
……まぁものすごく、ポンコツだったのだけど。

ふと、そんなことを考えていたことを思い出した。
果たして、そのリーダーシップが正しかったのか。その評価は微妙なところだけど。

そんなことを考えていた学生時代に、私は負けたくない。
そんなことを考えていた学生時代の仲間に、私は負けたくない。

すごい暇なの、そう言って自嘲する私が、私はほんとは嫌いなのだ。